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2013 水玉#2

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梅雨の晴れ間。
庭の蓮にも水玉が光っていました。

数週間前は子蛙がぴょこんっと跳ねていましたが、
最近はすっかりおとなになったのか、水に飛び込んだときの音も「ぼちゃん!」と。
夕方はゲコゲコっと合唱が聞こえます。



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睡蓮の葉には起毛がなく水玉ができないのですが、蓮にはポロンポロンっと水玉ができます。
水玉同士がくっついて大きくなったり、離れて水面にこぼれたり。
小さな水玉の中にも大きな水玉の中にも光の粒子が輝いてじっと見つめていても飽きません。



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昔読んだ小説の中に蓮を見ながら主人公が話す場面がありました。

「なんで泥水の中で育ってこんなに気高い花を咲かせるんやろ?」

「泥水を吸って育ったから気高いんじゃ。見た目にきれいな土壌に美しい花が咲くとは限らん。
泥水を吸って、泥の中で育つから他の花にはない気高さがあるんじゃ。」

こんなフレーズだったと思います。




たくさんの葉の陰に蕾をひとつ見つけました。


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by haijikg7 | 2013-06-30 22:50 | 水玉 | Trackback | Comments(2)

2013 水玉#1

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長雨のあとの庭は水玉がいっぱいで、雲間からの光を受けてきらきらと輝いていました。

アガパンサスの群れにも無数の水玉が!
放っておいても毎年たくさんの花を咲かせてくれるこの花たちは、まもなく満開。
母も私も大好きな花です。

以前サンドブラストでこの花をモチーフにしようと試みたのですが、
デッサンし、トレースする段階で花々の前後を確定し、カッティングすることが難解で
あきらめてしまったことがあります。
もう一度チャレンジしたいと思いつつ、その機会がなくただ花を眺めるだけになっています。


一昨日は母の通院に付き添いました。
一月前の通院の折は、すぐに帰宅したがった母が今回は美容院に行きたいと言いました。
自分から身だしなみをしたいと思えるようになって、また少し気力が戻ってきたように思います。

その後、「お好み焼きが食べたいね」と母からお誘いがあり(笑)
久しぶりに外食をしました。

鉄板がピカピカの「伸」さんへ。
お好み焼き屋さんですが、森林の中のペンションのような佇まいで、
母も落ち着いて食事ができたようです。

その様子を見ていると、私が思っている以上に早く快復のときがくるような気がしました。



長雨の後の庭のように、母の心にもきらきらの水玉が光ってくれるように願ってシャッターを切りました。

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by haijikg7 | 2013-06-23 08:48 | 水玉 | Trackback | Comments(5)

柘榴とウルトラマン

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私が生まれる前から実をつけていた柘榴の木は
幼い頃にはもうすでに老木で、幹の真ん中に直径10センチぐらいの穴が開いていた。


柘榴の思い出と言えばウルトラマン。

子供のころ、兄たちとウルトラマンの人形の足に紐をつけて2階のベランダからその穴めがけて投げ入れる遊びをしていた。

誰がこの遊びを考え出したのか?

多分こういうことにかけては素晴らしくしょうもない発想のひらめきをみせるのは真ん中の兄だったから、
彼の発案だったんだろうと思う。
彼が他界してしまったので、今となっては確かめようもないけれど、絶対にそうだと思う。

柘榴に葉が茂り、花がつくころは穴が見えないので必然的にこの遊びは夏の間は休憩。
秋になり台風の風に耐えた柘榴が大きく実り、葉が落ちてからの遊びだった。


ウルトラマンはバービー人形ぐらいの大きさで、
柘榴の幹の穴に入る確率はかなり低かったけれど、
なんだか三きょうだいで意地になっていつまでもやっていた。


思えば本能的エロスに満ちた遊びだったんだなぁ。
ストイックなまでにウルトラマンを一方向に投げては紐を引き戻すトリッキーな子供たちの姿が目に浮かぶ。

いやいや、なかなかセンスある三きょうだいじゃないか、と今頃になって別の意味でひとり笑える(笑)


そんな柘榴の思い出。
ウルトラマン人形はいつの間にか処分されてしまったけれど、柘榴は毎年変わらず花を咲かせ実をつける。


嗚呼、本当は鬼子母神の話を書こうと思ったのにウルトラマンの遊びの話になってしまった。



先日の日曜日、母に「柘榴の花がたくさん咲いているよ」と伝えると
「花がたくさん咲いても大方落ちてしまって掃除が大変だし、実る頃に台風がやってきて
台風の後はそこらじゅうに柘榴の実が打ち付けられてしまうし、
やっとぱっくり割れた柘榴を収穫したら、きょうだいが取り合ってけんかになるし、
いい思い出なんかないような気がするけど、あなたたちはいつも柘榴の木のそばで遊んでいたねぇ」
と昔を懐かしんでいた。

そんな風に昔を思い出すような会話ができるようになってきた今日この頃。
少しずつ少しずつ元気になてきている。



介護が終わって庭に出てみた。
柘榴のある家って結構いいもんじゃないかと思って老木を見上げたら実りの兆しが、ほらそこに。


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by haijikg7 | 2013-06-19 22:40 | 思い | Trackback | Comments(2)

葛羊羹

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夏のお菓子は口にひんやりと、喉越しのよいものが多いですね。
この羊羹は葛仕立てなので葛饅頭みたいなもっちり感があります。
葛を入れることであんこは少な目。

カキッとエッジをきかせた切り口で清涼感を出します。
飾り気のないお菓子ですが、きりりとして格好いいなぁと思います。




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匙ですくったところ。
断面もくっきりとして食べながら「綺麗だなぁ」と思いました。



母の介護が始まり、33年間続けていた茶道のお稽古をしばらくお休みすることにしました。
茶道のお稽古は午後1時から夕方5時ごろまで。
お稽古場から帰宅するのに1時間近くかかるので、
夕方に私の帰りを待ちわびている母を思うと
落ち着いてお稽古をつけていただけないように思ったからです。
書道も少し休憩。

和菓子教室は神戸。
同じく通うのに1時間以上かかりますが、葛を練ったりあんこを丸めたり、
きんとんを裏ごししたり、そんな作業に没頭することで
普段の生活から少し距離をおけるし、
車窓を見ながら移動するのも精神的にいいのではないかしら、と
続けることを勧めてくれたのは友人のこるちゃん。

「介護の合間に自分の時間を持つことに罪悪感は不要ですよ」

この言葉に救われました。



さて今日もエッジの効かせてメリハリよく動きます!
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by haijikg7 | 2013-06-16 10:17 | 和のお菓子 | Trackback | Comments(10)

睡蓮

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毎年真っ白な花を咲かせる睡蓮。


和名は未草(ひつじくさ)
漢名は睡蓮
学名はニンファー・テトラゴン
水の女神であるところの 「Nympha(ニンファー)」に由来する。




庭の片隅の、子どもの頃に「石のお風呂」と呼んでいた石鉢で育っています。
もうずっと昔から。

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未草、と呼ばれるには訳があって毎日未の刻の頃(午後2時ごろ)に咲くから、なのだとか。
でも実際には午前11時頃から咲き始め、夕方4時頃しぼんでいきます。

「睡蓮」であって「水蓮」ではないのは、開いて閉じて、を3回繰り返すと水中に沈んで実をつける特性があり、
それが人のサイクルに例えるとお昼には目覚めて、夜には眠る様子に似ているところから
「眠る蓮」という名がついたそうです。



母は睡眠のためにお薬の力を借りています。
毎晩きっかり9時にお薬を飲むことが日課です。
朝までぐっすりと眠れる日が少なく、夜中の2時3時に目覚めることを嘆きます。

睡眠時間や年齢から言うと、もうそれは当然のことなのでしょうけれど、
納得できない辛さなのだそうです。

夜中の3時ごろに起床して、私が用意しておいたお惣菜3種類とお粥を食べます。
数週間前まではお水しか飲めなかったことを思うと随分食欲がでてきました。

そして昨日は嬉しい感想を言ってくれました。
「大鉢に盛りつけてくれていたおかずが美味しかったよ」と。
この2ヶ月間「美味しい」と言ったことがなかったのに、ようやく味覚も戻ってきたのでしょうか。


そのお惣菜は「あらめビーフン」でした。

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by haijikg7 | 2013-06-14 22:00 | 思い | Trackback | Comments(4)

あづさヰ

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「あじさい」という名前は
小さなものが集まる様子の「あづ」 と
真っ青なものという意味の「真藍(さい)」 が
語源で、古くは「あづさヰ」とよばれていたそうです。

万葉集には「紫陽花」の表記もみられるそうですが、さてどちらが古いのでしょうか。




今年は空梅雨で、雨が少なく、あじさいも喉が乾いてそうです。

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梅雨、と言えば食中毒が気になるので、母に梅干しを勧めたのですが嫌がったので、
毎夜お粥を作る時、耳かき一杯程の梅肉エキスをお粥に混ぜて出すようにしています。

これは友人のこるちゃんの提案で、梅肉エキスは綿毛ちゃんの部長さんの叔母様お手製のものです。

たくさんの方の知恵と力をお借りして、少しずつ回復していく母です。


少し前までは陽性を意識して、煮物や和え物にも薄く葛をひいていました。
最近は暑くなってきたので、葛をひくときはほんの僅かにしています。
また、汗で流れるミネラルを補給する意味で海草のお惣菜が大活躍です。

ひじき、あらめ、わかめ。

煮物にしても酢の物にしても、盛りつけたものは残さず食べてくれるようになってきました。


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いつも心にメルシーを♪
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by haijikg7 | 2013-06-13 23:05 | 思い | Trackback | Comments(12)

薔薇よ 薔薇よ

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実家の庭に薔薇が植わっている。
もうずいぶん昔から。

一人暮らしをはじめてから、時々実家に行くと季節の花を摘んでは持ち帰っていた。
「このお花頂戴」というと母は必ずそれ以上に幾種類もの花を切って持ち帰らせてくれた。

母が入院しているときも、主のいない庭の草花は、
例年と同じようにつぼみをつけ、花を咲かせていた。

母に代わって庭の手入れの真似事をし始めると
自分は何と傲慢な行為を繰り返していたのだろうと、
咲いている花を見てつくづく思った。

花の手入れをする人は1年のうち364日をその手入れに費やす。
持ち帰る者はたった1日だけ庭に入り、スッパリと鋏を入れ、
まるで自分のもののような顔をして部屋に飾る。

花はそこで精一杯咲いていたのに、ものも言わずそれに従い、
やがて花瓶の中でその生涯を終える。






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もう薔薇の盛りは過ぎて、庭にはアガパンサスのつぼみが膨らみ始めている。
けれど盛りが過ぎたと思っていた茎の間から小さなつぼみが伸び、
まだここにいるよ、と言わんばかりに健気に花を咲かせようとしている。

そんな薔薇の姿から、自分の命を全うすることがどれほど尊いことかを教えられる気がする。




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満開を過ぎて鑑賞には価値のなくなったような花も最後まで命の限りを尽くしている。
「盛りが過ぎた」なんて誰が決めるのだろう。

つぼみをつけ、花を咲かせ、種を残し、命を引き継いでいることに盛りも何もない。




今日はとても嬉しいことがあった。
入院から今までの2ヶ月、母は自分から入浴しようとはしなくなった。
病院では看護師さんが2日に一度入浴をさせてくださっていた。
退院してからは私が入浴介護をしている。
毎日の大半をベッドで過ごしている母に入浴の意欲など湧こうはずもなく、
なだめすかして、他の話題を間に挟みながら1時間以上説得に要した時もあった。

私の介護が上手ではないから母には満足な思いをさせてあげれていないことや
入浴で消費する体力のことも実は私の心配事のひとつ。

3日か、時には4日に一度、しぶしぶ入浴をしていた母。

その母が、今日夕方に帰宅したら開口一番
「お母さんね、一人でお風呂に入ってみてんよ。」と言うではないか。
こんな嬉しい報告はこの数ヶ月で初めてのことだった。
介護の手間が省けるから嬉しいのではもちろんない。
「自分のことを自分でしてみよう」という僅かな意欲が母に芽生えたことに感動したのだ。

「はいじに手間をとらせるから、足元に気をつけてがんばってみたよ。」と。

ああ、こんな風に自分以外の人間のことに思いを巡らせる母も久しぶりのような気がする。


もしかしたら今日の一人入浴はそうそう続かないかもしれない。
また「自分ひとりじゃ無理」と言い出すかもしれない。
それでもいい。
ほんの少し母に芽生えた「命を全うする」気持ちの片鱗を感じただけで私は幸福。


母の心に小さく芽生えたつぼみを見つけた、今日という日。
私の心にも希望という花が咲いた、今日という日。


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by haijikg7 | 2013-06-12 03:06 | 思い | Trackback | Comments(8)

立ち蹲

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週末は介護の合間に夏家の準備と庭の手入れをしました。
勝手口にたくさん置いてある春の花が終わった植木鉢を片付けたり、縁側に網戸を入れたり。

縁側に面した前栽は座敷を隔ててその奥にある母の寝室からもよく見える場所です。
来客のない時は座敷のふすまをすべて開け放って奥の間から前栽を眺めることができるようにします。
一日のほとんどをベッドで過ごす母。
そこから見える切り取られた風景が今の母の世界の大半を占めています。
普段私の手入れが行き届かないので前栽も大まかに雑草を抜くことぐらいしかできず、
植木屋さんに入ってもらう時期でもないので樹木は伸び放題です。

けれどそんな伸びやかな木々を眺めているうちに
きっと母も少しずつ元気を取り戻してくれると信じている私です。


さて。
実家には「何でこんなものがあるの?」というものがいつくもあります。
幼いころからなんだか怖かった瓦製の蛙。
前栽の片隅でじーーっと息をころしているかのようです。

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中に鳥が入っていたことが遂ぞない竹製の鳥籠。
時々、シダや観葉植物の鉢植えを入れていますが、昔は「何で鳥籠に葉っぱ?」と不思議でした。

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そして幼心に不思議物体だったのはこの立ち蹲。
「穴ぼこの空いた石がなんで庭にあるんだろう?」
子供のころの私には、縁側に面した前栽の隅っこに意味なく立たされている石の偶像のように思えていました。

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退院直後の母に対して、私は来る日も来る日も「食べること」に神経を遣っていました。
水さえ飲みたくないという母を前に、どうしたら少しでも食べれるようになるのだろうと悩んでいたのです。


けれど何も食べれない人でも、生きていれば必ず息はする。
空気はどんな人にだって必要で、無意識にそれを身体に取り込んでいる。

それならば、食べるものに神経を尖らせるより、
その場の空気が美しく感じられるように掃除と手入れをしてみよう。

空気が浄化してきたら、母の中の不安感が少しでも取り除かれるかもしれない。
それを「氣」の力というのだろうか。

そんな風に思い、今は試行錯誤しながら毎日少しずつできることをしています。



蹲と違って水流源のない立ち蹲は、昔から美しく掃除をしてある時もあれば、
枯れていることもあったし、水が濁っていてそのまんまのこともありました。

新緑の美しいこの季節、蹲の中をきれいに洗って水を張ると
映り込んだ緑と木陰から差し込む光が鏡のように輝きました。

朝、縁側のカーテンを開けることだけは日課になっている母が、
ほんの少し目をとめてくれたらいいなぁ。

外の世界には光や風が爽やかで、黙って立っているだけに見える石も、
そんな風光の中にあっては呼吸しているかのように見える。

母がほんの少しでも、何気ない日常の中の自然に目を向けてくれたらいいなぁ。



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今日も母のベッドから見える前栽の一部が緑色に輝いています。



ただ生きてくれているだけでいい。
けれど少し元気になってくれたら私はもっと嬉しいよ。
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by haijikg7 | 2013-06-10 22:50 | 思い | Trackback | Comments(2)

厄落としの長財布

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母の病気、当逃げ騒動に茶毒蛾騒動と、ここのことろついていなかったのですが、
所用でデパートに出向いた際、急いで帰宅する予定を「ちょっとだけ!!」と
覗いた売り場に以前からほしかった財布が!

あまり入荷がなく、入荷しても早ければ陳列して1時間もしないうちに
入荷を待ちに待っていた人が購入するので幻と言われていた財布。

最初は「何であるの!?」と驚き、次に「あっらた買い!でしょう」と引き寄せられ、
その次に「でも私には背伸びだよなぁ」とひいてしまいました。

でもでも、ちょっとだけ見たい。見せて、いや触らせて!


同じタイプの色違いを見たのは数年前、関空で。
そのときは旅の出発前だったので旅先で買ったほうが安いかも、とスルーしてしまったのですが
あれ以来向こうのほうがスルーというか、見かけることすらなかった財布。

今ここに、目の前に!



あれこれの不運が重なると厄落としに買い物をして先にお金を使ってしまうほうがいい、と
確か聞いたような聞かないような。

1分ぐらい迷った末、ご縁をいただくことにしました。

普通なら暦も何も気にしないで買ったその日から何でも使う主義なのですが、
今回はちょっと気にしてみて、新月大安の6月9日から使うことにしました。



今日、古い財布から新しい財布に中身を入れ替え、母の待つ実家へ。
朝から夜まで介護と実家の手入れをしていたので結局財布の出番はありませんでした。

けれど、今日は母が桃のゼリーをおやつに食べてくれて何だかとっても嬉しい気分。
昨日まではほとんど食欲がなく、100ccのりんごジュースと夕食に茶粥一膳がやっとだったのですが
おやつを食べれたなんて!

やっぱり厄落としの長財布のおかげだと(無理やり)こじつけてちょっと嬉しい週末でした。

財布の中はこんな色
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by haijikg7 | 2013-06-09 23:57 | 拘り | Trackback | Comments(8)

茶毒蛾騒動

実家の庭の草むしりをしていたら何だか首筋にかゆみが。

日差しが気になる季節なので長袖長ズボン、そして首周りにタオルを巻いて作業していたのですが
ちょっと気になるこのかゆみ。
でもあと少し、もう少し、と作業を進め、数時間後にシャワーを浴びて
鏡で首筋を確認したら!

何とすざまじくかぶれておりました。
範囲は首筋だけでなく背中や胸元、そして足にもポツポツと発疹がでていて
凄まじく痒い!!

夜にマンションに帰宅し、枇杷の葉エキスで手当てするもおさまる気配なく、
翌日出勤したら職場で「ぎゃーー!」と叫ばれてしまいました。
先輩のアドバイスにより冷やしてみたら痒みは嘘のようにおさまりましたが
発疹はそのまんま。

病院に行く時間が取れないし、今日も枇杷の葉エキスで様子をみるかと思っていたら
運よく仕事が早く終わったので周囲の強い強い勧めにより皮膚科に行くことにしました。

地域では名医で有名な皮膚科を受診すると開口一番
「これは茶毒蛾。5月6月、8月9月は椿、山茶花に近づかない!」
と言われました。

軟膏と飲み薬を頂き、母の介護へ急ぐ。

枇杷の葉か軟膏か迷った挙句、その夜から頂いた薬をつけ、服用することにしました。
お医者さんのお薬に抵抗はあったのですが、
この日も介護をしつつ痒みが気になって気になって、
もう早く治さないと介護に支障がでそうで。
いやもう神経が痒みにもっていかれて辟易したのです。

おかげさまで4日もしたらほとんど痒みも発疹もおさまり、
1週間もしないうちに完治しました。

けれど実家には椿の木がたくさんあり、週末は庭の手入れをしようと思っていたのが予定変更。

椿の木の植わっている場所の手入れは7月まで延期することにし、
今月は椿から離れた場所だけを手入れすることに。
あとは夏を前にして夏家の準備をすることにしました。


一方、母の様態は相変わらず食欲がなく、
一日のほとんどを寝てすごしているので、
せっかくリハビリまでした足が後退しないように夜はできるだけ床から離れるように
あの手この手でなだめすかして身体を動かすように仕向ける。
口では簡単ですが、これがなかなか難儀なことで
ちょっと座っただけなのに「お母さんもう寝たい」と。
なかなか手ごわいですなぁ。

私の発疹を見せると「わぁー!」と最近にない驚きの表情をみせました。
これもまたちょっとした刺激になるかも。


今はすっかり完治した首筋ですが、一応写真に撮ったので載せとこう。




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注!閲覧注意の写真です!
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by haijikg7 | 2013-06-09 23:13 | 日々のこと | Trackback | Comments(4)