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灯火

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2010年が暮れてゆきます。
2011年がすぐそこまできています。

今年もつつがなく過ごすことができました。
みなさま、また来年も宜しくお願いします。

はいじより
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by haijikg7 | 2010-12-31 22:00 | 思い | Trackback | Comments(10)

今年も色んなことがあった。
おおかたのことは、楽しかった。
悲しいこともあった。
嬉しいこともあった。
旅に出たり、熱を出したり、一生懸命仕事もしたし、遊んだし。

そして12月に入り、ひどく大きな喧嘩をした。

相手は母だった・・・。
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by haijikg7 | 2010-12-30 22:10 | 思い | Trackback | Comments(28)

繁昌亭

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落語が好き。
それまで比較的大きなホールで聴いていた落語。
繁昌亭ができて、「この広さが落語を聴く広さなんやなぁ。」と思った。
常置小屋。

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笑う。
自ら笑いに出かけるのだから
笑って、笑って、笑いまくる。

この日は米團治さんと勢朝さんの二人会。

勢朝さん、めっちゃオモロイ!
また行こう。
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by haijikg7 | 2010-12-29 07:30 | 本や映画や舞台や音楽のこと | Trackback | Comments(8)

その後の唐墨

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『川面に映る中世の橋(アルビ(仏)にて)』 三角千恵子・作


夕食を終えて本を読みながら時間を過ごしていると、滅多にならない電話がなった。
受話器をとると、サンドブラストの先生からだった。

「あなたから戴いたからすみ、美味しくてね~。」
いつもより少し声のトーンが高いのは、お酒を召し上がっているせいらしい。

「家内とね、今ワインをいただいているんだよ。どうやって作るんだろうねって、話しておるんだよ。」

80歳を超えておられる先生と60年近く連れ添われている奥様が受話器をとって代わられた。
にぎやかで上質のジョークがお得意の奥様が、コロコロと笑うような声で続いておっしゃる。

「主人が喜んでおりましてね。お邪魔でしょうって言いましたのにこんな夜分にお電話をしてごめんなさいね~。」



若い頃は化学者としてアメリカで研究の月日を重ねられた先生が、
帰国され国内の大学で教鞭をとっておられた頃は、
いつも気難しい顔をしていた、と奥様が懐かしげにおっしゃっていたことがあった。

お二人の間にはついにお子さんは授からなかった。
それについては、お互いの趣味が子どものようなものだろうね、とおっしゃっている。

大学教授を退官されてから出会われたサンドブラスト工芸。
畑違いの分野で、しかも還暦をとうに過ぎての試みでおられたのに
現在も工芸作家としての受賞を年々重ねられておられる。
一方奥様のほうは長年「糸絵」と呼ばれる刺繍教室をされている。
お二人とも年に一度それぞれの個展を開催され、たくさんの生徒さんに囲まれている。

先生が「今では僕のサンドブラストの生徒より家内の刺繍教室の生徒さんの方が数が多くてね。
僕は家内に養ってもらっているんだよ。」と楽しげにおっしゃられていたことがあった。
奥様の作品はお二人が訪ね歩かれた50カ国以上の国々の風景である。
こんな夜もほんの少しのお酒を召し上がってお二人で語り合いながら、
訪れた国々の思い出話をしながらお互いの作品作りにいそしまれていることでしょう。

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数年前、こんな私にも
それなりに人生の転機があった。
そんな時、私が自分の生き方や
これからの進路をどなたかに
相談するということはめったにない。

しかし言葉ではなく何かに取り組む姿勢で
その後ろ姿を追いたいと思う人に
生きる力をいただくことがある。

サンドブラストの先生は
そんな数少ない
恩師のひとりである。





寒い冬の夜長に、お二人がお好きなワインを嗜まれながら、
おつまみに私のからすみを召し上がっている。
電話でもしてみようか、とお話になってプッシュフォンを押してくださる。

お世話になった方に心からのご挨拶ができて、今年も暮れてゆく。
そんな私は幸せだと思う。
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by haijikg7 | 2010-12-28 23:20 | 思い | Trackback | Comments(8)

くわい

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八寸の山のものに慈姑の素揚げを。
ただ揚げるだけ。
なのに、むずかしい。

本番に備えて、練習なう。
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by haijikg7 | 2010-12-26 16:05 | 茶道 | Trackback | Comments(6)

一服

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自作の樂茶碗で自服する。

一人だから楽しめることがある。
一人でも楽しめることがある。
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by haijikg7 | 2010-12-26 09:29 | 茶道 | Trackback | Comments(6)

堂島ロール

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堂島ロール食べたことある?」

私の答えはいつもNo・・・。
買う機会も、食べる機会もなかった。
「そんなに、美味しいのん・・・?」(心の声)

これからは、
「堂島ロール食べたことある?」
「ん。1回だけ。クリスマスのショートケーキ。」

美味しかった。
ごちそう様。
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by haijikg7 | 2010-12-26 09:11 | いただきます | Trackback | Comments(2)

樂家の茶碗 秘められた赤と黒の美

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京都は北山会館で「樂家の茶碗展」を観てきた。

中国出身のあめや(飴屋)を父とし、利休の意向を受けて作陶した初代長次郎。

また長次郎とともに樂焼きを共同経営し、樂の祖といわれる田中宗慶。
この田中宗慶は「天下一ちゃわんやき吉左衛門」とよばれた人物であり、
苗字の「田中」は千利休の本姓と同じであるところから、利休の親族であったという説もある。
また、長次郎の妻の祖父でもある。

宗慶の次男であり、初代長次郎の義叔父である2代目常慶は本阿弥光悦とも親交が深かった。

3代目道入は別名ノンカウと呼ばれた名工。
古樂の風をはなれ、薄づくりで大ぶり、そして明るさや軽やかさを表現した個性的な茶碗が魅力。

以降、当代(15代目)に至るまで、樂家の茶碗をはじめ、向鉢、香炉、茶入れなどを数多く拝見した。


樂焼はろくろを用いず、手づくねで作られる。
作者の手とへらだけで成形され、そのままの手の温かみが伝わります。
また釉薬の加減などからも作者それぞれの個性や、
また作られた年代の複合的な事情をも内包しているようで、
観ていてまったく飽きることがありませんでした。


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初代 長次郎  「禿」



長次郎の茶碗は総じて小さく、もしもこの両の手で包み込むことができたなら、
さぞしっくりと手になじむであろう形が愛おしい。
特に利休がずっと側において愛用していたといわれる「禿(かむろ)」は、その名のとおり
小さななりをしていながら、柔らかな曲線を描いていおりしっかりとした存在感がある。


今、私たちがしている仕事の数々がどれほど後世に伝わるのかはわかりませんが、
例えば16世紀後半に作られた初代長次郎の茶碗を、時代や場所の違いを経て
この目で拝見していると、一つ一つの仕事をけっしておろそかにはしてはならないのだと、
無言の教えを聴いているような気持ちになりました。
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by haijikg7 | 2010-12-22 10:12 | 茶道 | Trackback | Comments(2)

「人生なんておとぎ話さ」

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私の行きつけのヘアサロン 「LIDDELL*」(リデル)。

店名の由来は「アリス・リデル」。
先代が「アリス」という屋号で美容室を経営していた。
アリスが数十年かけて成長したから、そろそろ苗字を名乗ってもいいのではないか、
と思って「LIDDELL*」にしたそうだ。


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ガラスを多用した建物なので、店内のディスプレイは街の景観になっている。
しかし巧みに設計されているのでお客は人目にはさらされない。
ヘア・アティストらしい発想の建築物である。

ひと月ごとに店内のディスプレイが変わっているのも楽しみのひとつ。
オーナー曰く、
「街って汚いじゃない。だから自分のお店ぐらい美しくしたいのよ。」


12月。
店内は映画「ビッグ・フィッシュ」のひとこまになっていた。

「人生なんてまるでおとぎ話さ」

誰も信じないホラ話。
ティム・バートン監督のファンタジー映画の中で髪を整えてもらう。
いや、ここでは整えるなんて言葉は似合わない。
髪を使って遊んでいる。










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「あのさ、あなたってエキセントリックよね。
日本語で言うと、差別用語になりそうだから敢えて英語で言うけど。」

なーんて当たり前のようにオーナーが言う。
「敢えて英語で言う」、なんてところが「いい意味」ではないことがわかる。


居心地がいいだけのサロンは私には居心地が悪かったりする。

だからここが好きなのだ。

もちろん映画「ビッグ・フィッシュ」も好きなのだ。
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by haijikg7 | 2010-12-21 08:08 | お洒落 | Trackback | Comments(6)

玉三郎

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歌舞伎座千龝楽「京鹿子娘道成寺」を舞う玉三郎


坂東玉三郎。
奇跡の女形とよばれる歌舞伎役者。

2009年1月の歌舞伎座の舞台を最後に「鷺娘」を金輪際封印してしまった。
その理由はたった一つ。
一ヶ所だけ、体力的に踊れないところを自覚したからだと言う。
「その一ヶ所を誤魔化して踊れば、しだいに総てを誤魔化す踊りになるであろう。
そんなことは出来ない。」


あの美しくも切ない代表的舞踊はもう観ることはできないのである。

「鷺娘」最後の舞台を、中村勘三郎はひとり2階の照明室からその姿を見守っていたという。
その踊りは身震いするほどの出来栄えで、なんとも惜しく、またなんとも感動的であったと、
その気持ちを伝えたい一心で幕の降りた舞台へ勘三郎が駆け下りたとき、
玉三郎は床に深々と頭を垂れてお辞儀をすると、今度は舞台の隅々や天上へ向って
両手を広げて感謝の意を表していたという。

それを見た勘三郎は涙が止まらなかったという。

何かに対する畏敬の念を持つということは、己の生き方に強い意志を持つということであろう。

人様の人生を賭けた芸術や生き様を、
「いつか観よう・・・。」なんてのんびりした気持ちで先延ばしにしているということは、
己の人生の勝負どころを先延ばしにしている、
そんな風に思いながら・・・・・、の自分である。
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by haijikg7 | 2010-12-20 22:19 | 本や映画や舞台や音楽のこと | Trackback | Comments(1)