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天正十二年 赤坂 ふきぬき

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むそう塾の帰りに、友人と大阪で落ち合い、歳末デートとなった。

「何、食べる?」
ということで・・・・。

蓋 (誰かの真似っこ)
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by haijikg7 | 2009-12-29 08:33 | いただきます | Trackback | Comments(16)

焼く

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焼くということは、炎の力なんだなぁとしみじみ思った日でした。
炎という字は火が二つもある。

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by haijikg7 | 2009-12-29 03:09 | むそう塾 | Trackback | Comments(8)

鱗文様

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  最大の
      単純の中に
    最大の
      芸術が
     ある


      離宮を<再発見>したことで知られるドイツ建築家ブルーノ・タウト(1880-1938)の言葉


  陰陽独り立ち講座によせて・・・・
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by haijikg7 | 2009-12-26 04:50 | サンドブラスト | Trackback | Comments(32)

無事

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「無事」

師走になると思い出す言葉です。

過ぎた一年を振り返り、災難なく無事安泰に過ごせたという穏やかな感謝の気持ちを表わし、
それと同時に忙しい師走であっても、決してあわただしくせず、穏やかな気持ちで
無事に新年を迎えられるようにという願いがこめられているようです。
特に年の瀬にになると茶席には好まれてよくこの禅語が掛かります。

しかし『臨済録』にある本来の禅語としての「無事」は、
上記のような「平穏無事」を意味するのではないようです。



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◎「無事」

「放てば手に満てり」「求心 歇む処 即ち無事」
(「はなてば てに みてり」「ぐしん やむところ すなはち ぶじ」)

「無事」とは、求めなくてもよいことに気づいた安らぎの境地のこと。

臨済禅師は「仏、悟り、安心」、あるいは「幸せ」を自分の外に追い求める愚かさを厳しく戒められました。
それらは求めるほど遠くへ逃げる。
求めるということは目の前の「仏、悟り、安心、幸せ」が己が目に入っていないのと同じこと。

求めずとも、既にそれに抱かれ、生き生きと輝いている自分への気づきこそが「無事」だということです。



さらに、臨済禅師は次のように無事を解いています。

「但だ造作すること莫かれ、祇だ是れ平常なれ」
(ただ ぞうさすることなかれ、ただ これびょうじょうなれ)と。


「造作することなかれ」とは、[あれこれ思いをめぐらして、ああでもない、こうでもないと
無駄にむずかしく思い煩うことをしないで]、と解釈できるでしょう。
臨済禅師の教えは、
「当然のことを造作なく、当然にやることが平常であり、それこそが無事」ということでしょうか。

いついかなるときも、造作なく、気負わず、あるがままに、それでいて臨機応変に対処できるように・・・。


この禅語を心にとめながら、「求める心」と「造作する」自分に気づくことが
私の師走の反省です。
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by haijikg7 | 2009-12-24 22:10 | 思い | Trackback | Comments(18)

柚子湯

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お泊りにきてくれたお友達のおもたせの「柚子」。
みんなで柚子湯を楽しみました。

これで風邪をひかないね・・・・。
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by haijikg7 | 2009-12-23 07:35 | 日々のこと | Trackback | Comments(13)

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   冬至の朝
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by haijikg7 | 2009-12-22 07:54 | 日々のこと | Trackback | Comments(10)

妙蓮寺椿

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   「余乃花はみな末寺なり妙蓮寺」

 椿の種類数々あれど、
 室町時代の連歌師である宗祇がかく詠んだという歌がのこる銘花。
 妙蓮寺に残る本家の椿は焼失し、今は二代目だとか。
 色も赤い椿である。
 

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利休の孫の千宗旦の逸話としてこんな話が残っています。

正安寺のご住職が庭に咲いた良い頃合の妙蓮寺椿を
宗旦に届けるよう、小僧さんを遣いにやります。
ご住職の言いつけどおり、小僧さんは大切に運んでいましたが
宗旦の家に着くまでに花が枝からポロリと落ちてしまいました。
途方に暮れながらも、小僧さんは正直に宗旦にその旨を話します。
宗旦は「いやいやご苦労さん。どうぞ中で一服召し上がっていきなさい。」
と、小僧さんを茶室に招きます。
手足を清めて茶室に入った小僧さんの目に飛び込んできたのは
利休ゆかりの竹の花入れに葉だけ生けられた椿の枝。
そしてその脇に、さっきまで小僧さんの手にあった椿の花が
ポトリと、さも今落ちたかのように置いてありました。

茶室の中での良し悪しは、客が決めればよいこと。


  * * * * * * * * * * * * * * * *


正直に話した小僧さんの氣持に対する宗旦のもてなしです。
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by haijikg7 | 2009-12-21 05:43 | 茶道 | Trackback(1) | Comments(8)

ジュリー&ジュリア

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    生きることを
            愛さなければ、
        美味しい料理は、
                 作れない。







   * * * * * * * * * * * * * * * * 


我が家には昔から何故かおやつを買う、ましてや作るという習慣がなく、
子どもの頃はケーキやシュークリームを毎日食べれる生活に憧れた。
小学生のとき、同級生と一緒にお菓子作りをしては
膨らまないスポンジケーキや湿ったようなクッキーを焼いていた。
時が流れて、高校生になっても洋菓子への思いがつのるばかりの私は
少ーーし頭を働かせてみた。

「本を買おう!それもきちんと作れるようなちゃんとした本を!」

学校帰りに、阿部野橋のユーゴー書店で見開き1ページに1種類ずつ
写真が掲載されているお菓子の本を購入した。

そして一日、1種類ずつ、自分でお菓子を作ることにした。

今から思えば無謀であった。
なにせ見たこともないお菓子のほうが多かったのだから。

これまた、学校の帰りにお小遣いを工面して材料を買い、型を買い、温度計も買った。

スポンジに別立てと共立てがあることや、粉を練ってはいけないこと、
あらゆる料理は、温度がいかに大切か、ということを理屈と実践で知った。

決して成功ばかりではなかった。
自分で作るということは「楽しい」ばかりではなく「辛い」こともあるんだなぁと思った。


それからさらに数年後。

アンジェリーナ」のモンブランを食べたときに思った。
「これが洋菓子の味なんだ。」

それ以来、「世界中で一番好きなお菓子は?」と聞かれたら(聞かれないけど)
「アンジリーナのモンブランです。」ということにしている。

30歳を過ぎて初めてパリに行って、
アンジェリーナで作りたてのモンブランを食べたときの感動は
忘れることができない。

ガイドブックの「簡単なフランス語」をカタカナ読みしての注文だった(笑)
「私もオトナになったなぁ。」と思った(笑)


   * * * * * * * * * * * * * * * * 


映画では、ジュリーの仕事へのうっ憤やブログ更新へのストレスにも
ちょっと笑えながら共感もできたり。


時空を超えて「美味しいもの」を作る二人の魅力的な女性の生き方に
清清しい後味を感じる映画だった。


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by haijikg7 | 2009-12-20 06:18 | 本や映画や舞台や音楽のこと | Trackback | Comments(12)

寒菖蒲

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  誰に褒められるためでもなく
   「咲いたよ」というわけでもない

     寒い寒い、と人が首を縮こませている朝に
        何の作為もなく
       ひっそりと
            無心に花を開かせる
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by haijikg7 | 2009-12-19 09:54 | 思い | Trackback | Comments(4)

父へ

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中川さん、色々ありがとうございました。(これからもお世話になるつもり満々ですが・・・)
お弁当講座の最終公開ダメだしをお願いします。


  * * * * * * * * * * * * * * * *

      《お品書き》

  ・玄米 自家製梅干
  ・海老芋と里芋の含め煮  添 絹さや どんこ
  ・鯛の子 針生姜
  ・たいらぎ貝の幽庵焼き
  ・ほうれん草 磯辺巻き 柚子醤油
  ・いちご 

  * * * * * * * * * * * * * * * *

私は20歳代で父を亡くしましたので、今日の料理は一度も父に食べてもらったことがありません。
20代の私は料理のこともよくわからないまま、少し洋風なおしゃれなものを作りたいと思っていました。
ですから父は私の作ったものを
「はいじは珍しいものをいっぱい作ってくれるなぁ」と言ってくれましたが、
きっと本当は母の作るような なんでもない、ありきたりなものが好きだったのだと思います。

むそう塾でお世話になるようになって、そういう当たり前のことを当たり前にする大切さを学びました。
ですから、今日は父が生きていたら普通に「うまいなぁ」と言ってくれそうなものを作りました。

母にはそんなこと、言っても「?」なので(笑)いいませんが、同じように食べてくれると思います。

海老芋と里芋の含め煮は幸せコースで教えていただいてから3日と空けず復習し続けました。
実は幸せコースで習った味よりお弁当講座で中川さんに作っていただいたものが目標でした。
一度メールでお伺いしたと思います。
鰹と昆布のだしをお芋にしっかり含ませながらも煮崩れないやり方をマスターしたかったのです。
まだまだですが、今の私にはベストの焚きあがりです。

たいらぎの幽庵はほうれん草に柚子を使いたかったので柚庵にしませんでした。
結局フルーツを入れてあげたくなるのは、何故でしょう・・?
もうクセですね。
自分には いらないのに、人のものとなると入れたくなるのです。


陰陽や料理のしきたりはまだまだわからない私ですので、
本当ならありきたりでありながらも、もっといい料理があったかもしれません。



公開ダメだし、最後の添削をお願いします。

Tプラス 3合炊き
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by haijikg7 | 2009-12-17 08:20 | お弁当 | Trackback | Comments(27)