カテゴリ:2014Paris( 23 )

Passerelle Léopold-Sédar-Senghor  #2

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夕焼け 午後10時。



夏の日没は遅いですね。
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by haijikg7 | 2014-07-11 08:10 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

cafe Les Deux Magots

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快晴 サンジェルマン・デ・プレ
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by haijikg7 | 2014-07-11 07:50 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

Place de la Concorde

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日曜朝のコンコルド広場
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by haijikg7 | 2014-07-11 07:30 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

cafe LA PALETTE

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拙ブログにその名を書くことさえためらわれるのですが・・・・。
偉大な写真家 木村伊兵衛。


ライカをこよなく愛し、対象物に出逢ったら一瞬を逃さず核心をつく。
野暮をさらりとかわして、軽妙洒脱に「そのとき」をおさめてしまう。
世界的なスナップ写真の名手・アンリ・カルティエ=ブレッソンは写真に撮られることを極端に嫌ったと言われますが、木村伊兵衛氏はパリでそのブレッソンを居合い抜きのように一瞬のもとに撮ってしまったという話が残されている。


ライカの神様
スナップショットの名手
和製ブレッソン・・・・・
氏を語るにことばは尽きません。


  ********


1954-1955年に渡仏した木村伊兵衛がカラーフィルムで残したパリの街角や人々をテレビ番組で拝見し、同じ場所に行ってみたい、と思いました。
没後40年、もちろんそこに氏はいないのだけれど、氏の足跡をたどりたいと思わせる写真の数々。
それはその場の人や建物だけではなく、空気や気配までをも伝えるに足りる気迫があるからでしょうか。
一枚一枚がすぐれたドキュメントのように感じられます。



さて、憧れとも尊敬とも言うに足りない気持ちを抱きながら訪れたカフェ「LA PALETTE」。

氏が眺めたであろう風景と同じものが60年経ってもそこにはありました。
カフェの持ち主は60年の間に7回変わったけれど、このカフェを愛する人々は変わらず通ったといいます。
持ち主が変わってもカフェの内装はほぼ同じだというパリの気質にも驚きます。


もちろん敬愛する木村伊兵衛氏をはるか遠くに拝むことしかできない私ですが、同じ角度でシャッターを切れたことでもう、もうそれだけで満足過ぎたのでした。






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気に入ったものに出会うと「粋なもんですねぇ」というのが口癖だったという木村伊兵衛氏。
江戸っ子気質ですね。




ギャラリーが集まるセーヌ通りの人気カフェ LA PALETTE(ラ・パレット)はサンジェルマン・デ・プレの近くです。
cafe LA PALETTE
43, rue de Seine 75006 Paris
Mabillon(メトロ10)、Odeon(メトロ4、10)それぞれより徒歩5分



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by haijikg7 | 2014-07-11 06:54 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

日曜の鳥市

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パリの真ん中Cité(シテ島)は花市があることで有名ですが日曜日は花のかわりに鳥市がたちます。






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色とりどりの小鳥、ニワトリ、鳩、うずら。金魚も。




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常設のガーデニング売り場は日曜日も開店していて季節の花がたっぷりと展示されています。
ジャスミン、バラ、そしてこの季節は紫陽花。




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by haijikg7 | 2014-07-10 06:03 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

Faubourg Saint-Antoine

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フランス革命が起った街。
フォーブル・サンタントワーヌ(Faubourg Saint-Antoine)通り。
この通りのあちこちに小さな小道がくっついていて、それらの路地には昔ながらの職人さんが今も工房を構えておられます。





1840年9月。
パリのストライキ運動は頂点に達し、ここフォーブール・サン・タントワーヌ街に4つのバリケードがはられました。
石工や大工、家具職人など職人気質の人が多く住まうこの地域の人々が貧困に喘ぎ最初に襲撃したのが絶対王政の象徴バスチーユ監獄。

軍隊と衝突した労働者のバリケードに使われたのは馬車・荷車・建築資材など。
今は平和で静かな下町として若者や地元の人々が往来する通りとなっています。





Passage du Chantier(パッサージュ・デュ・シャンティエ)
「作業場の通り道」という意味の家具屋さんの多い通り。

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Passage l'Homme(パッサージュ・ロム)
「男の通り道」という意味。職人街の趣の色濃い抜け道です。

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メトロ:Bastille駅。バスチーユ広場から徒歩すぐ。
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by haijikg7 | 2014-07-07 08:20 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

Le bonbon au Palais 

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そのお店の名はLe bonbon au Palais(ル ボンボン オ パレ)。





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TV番組「パリで逢いましょう」で見てからずっと行きたかったお店。
オーナーのジョルジュさんは幼いころキャンディを買うのが大好きだった。
ある日、ありったけのお小遣いを握りしめて買えるだけのキャンディを買い占めた。
その数300個。
ジョルジュ少年はママに息せき切ってこう言った。
「ママ!僕大きくなったら絶対キャンディ屋さんになるんだっ!」。


パリ5区 カルチェ・ラタンにあるモンジュ通り。
ある日ジョルジュさんは田舎で暮らしているママを誘い、界隈で評判のカフェSt.Victorでランチをとり、モンジュ通りを歩いていた。
世間話をしながら歩いていたママがあるお店の前で歩を止めジュルジュさんにこう言った。

「ジュルジュ、このお店見て!何て素敵なキャンディ屋さん!」

ジュルジュさんは黙ってズボンのポケットから鍵を取り出し、そのお店の扉を開けた。




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 *****

「ママはびっくりして、そのあとその場にしゃがんで泣き崩れたんだよ」

キャンディが大好きで、大好きで、フランス中のキャンディを集めたお店Le bonbon au Palais。
店内はフランスの小学校をイメージしているのだそう。
フランス人が「懐かしい」と口をそろえる昔ながらのキャンディや、地方の特産品の珍しいスイーツ、アラン・デュカスが絶賛したというギモーブ(マシュマロ)。
嬉しいことにそれらは1個からでも買えます。
子どもの気持ちのまんま、どうしようかな~、どうしようかな~、とワクワク目移りしながらお買い物ができるお店です。



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タドタドと「日本であなたをテレビで拝見して感激したんですよ」とお伝えすると柔和な顔にさらに笑みをたたえてたくさんのキャンディを試食させてくださいました。




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「僕はね、毎日食べても飽きないんですよ。これはどう?これもどう?このキャラメルは南の方の地方のもので、こっちは北の方。これはガム。これは胃にも優しいんですよ。」と彼の説明は尽きることがありませんでした。



Le bonbon au Palais
19 rue Monge 75005
日、月曜休




おまけ
Le bonbon au Palaisと同じ通りにあるCafe St.Victor
ランチが美味しい活気溢れるカフェ。

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by haijikg7 | 2014-07-07 08:00 | 2014Paris | Trackback | Comments(2)

Bir-Hakeim

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上をメトロが走る二重構造のダイナミックな橋、ビラケム(Bir-Hakeim)。
高級住宅街パッシーの16区と15区を結ぶ美しい橋です。





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この橋は1878年、万国博覧会のために歩行者専用の橋として造られました。
パリの メトロの完成は1900年なので、完成当時はまだ橋の上には列車が走っていませんでした。
名前もビラケム橋ではなく、パッシー歩道橋だったのだとか。




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階段には自転車用のスロープ付き。
昔懐かしい滑り台のようです。




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その見栄えの良さから映画の撮影にもよく使われています。
橋のたもとからはエッフェル塔が間近に眺めることができます。



*最寄メトロ:Bir-Hakeim(ビラケム)またはPassy(パッシー)
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by haijikg7 | 2014-07-07 07:40 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

Passerelle Léopold-Sédar-Senghor

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セーヌ川に架かる橋はいったいいくつあるんだったかな。
37とか39とかどこかで読んだような、見たような。

石橋だったり、鉄橋だったり、木の橋だったり。
様々に意匠の凝らしたものがある中でこの橋の面白さったらない。

セーヌ川は川面に近い河川敷とそこから10メートル以上上にある道路にある歩道と、どちらの岸辺も歩くことができるのだが、多くの橋は右岸・左岸の道路を跨いでいる。
しかしこの橋は右岸・左岸の道路同士も繋いでいるし、右岸・左岸の河川敷同士も繋いでいるし、ついでに言うとそれらすべてをも繋ぐことに成功している。

ちなみにアーチは鉄鋼だが、橋の表面は木製。
ブラジル産の木材だそうだ。

2000年を前に建設されたこの橋はソルフェリーノ橋(Pont de Solférino)と呼ばれていたが、1999年の銀の定規賞(Équerre d'Argent)を受賞し、2006年にフランス語詩人としても著名なセネガル大統領レオポルド・セダール・サンゴールにちなんでレオポール・セダール・サンゴール橋(Passerelle Léopold-Sédar-Senghor)と改名された。




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by haijikg7 | 2014-07-07 00:30 | 2014Paris | Trackback | Comments(0)

ストリートアート




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アートなのか、落書きなのか。
線引きが難しいグラフティはサブカルチャー的な存在でしたが、2002、03年頃からメディアでも頻繁に取り上げられるようになり、一種の芸術活動として認知されるようになりました。

20区ベルヴィル界隈は昔ながらの風景が残る パリの下町。
現在は再開発の波が押し寄せてきて、多くの古い建物が壊され、新しい建物が建てられるようになってきています。
ストリートアーティストたちは古き良き20区の街並を残すため、近代ビル建設を阻止に抗議の声を上げて、取り壊されそうな建物にグラフィティを描き始めたのだとか。
20区のストリートアートはアーティストたちの静かな抗議でもあるようです。

芸術活動として市民権を得てきているとはいえ、落書きとの線引きが難しく、描いては消され、消されては描く・・・と、アーティストと建物管理者との追いかけっこも多いようです。

最近はストリートアートに向けて場所を開放しようという動きがあり、市や県が特定の壁を合法的なグラフィックアート(リーガル・グラフィティ)の場として提供されるようになったそうです。




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by haijikg7 | 2014-06-27 07:00 | 2014Paris | Trackback | Comments(2)