年始蕎麦

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三が日が過ぎたら、ほっとする。

お正月。
無事に迎えそして過ぎたから言いますが、本当はちょっとお正月ってやっかいだなぁと思っている。


  * * * * * * * * * * * *

記憶が定かではないけれど、母が入院する前だからきっと私は幼稚園だったと思う。
元旦に家族、親戚揃って初詣に出かけた。
晴れ着の人もたくさん詣でておられ、出店もたくさん。
その中で全く人が寄り付いていない出店があった。
石屋さん。
大小様々な石を扱っていた(と思う)。
形・格好のいいのや、石に絵を描きつけたものとか。
ひときわ寒いお正月で風も強く、お客の寄り付いていない石屋の出店はまさに閑散とした雰囲気だった。
お年玉の中から遣っていいと許されたお小遣いで何を買おうかと浮き足だっている兄達やいとこたち。
スーパークラッカーや綿菓子やりんごあめなんかも色彩明るい出店で人もたくさん集まっていた。

実家は商売をしていたので年末、ことに12月にはいったら家族中が何かというと
「ええ正月がけぇへんで(来ないよ)」
「さっさとせな、年が越されへんで」
とお正月を迎えることに懸命な雰囲気が漂う。
幼い私にもそのあわただしい活気のような、また何かに急き立てられているような師走は
ただただ「よいお正月」を迎えるために毎日を過ごしているかのような感じを受けたものだ。

そんな雰囲気が一掃してやっと迎えたお正月。
けれど目の前に全くお客が来ていない石屋のおじいちゃん(私からはすごい老人に見えた)は
幼い目からは「ええ正月がきてはれへん」ように見えたのだ。

そこで私は自分のお年玉から小さな石を買いたい、と親に言った。
父は少し怖い顔をして「はいじがほしいなら買いなさい」と言った。
兄達は小声で「お父ちゃんが怒るようなことすんな、アホ」と私をたしなめたが
私は小さな石を初買いした。
新聞紙に包まれた小さな石をミトンの手袋に握り締めたのを確かに覚えている。


  * * * * * * * * * * * *


お正月はまるで旧家の長男のような感じがする。
いろんな風習があって、それを守って、ゲンの悪いことはしてはいけなくて。
お年玉をもらったり、親戚が集まるのは嬉しいけれど
そのためにたくさんのことをいっぱいしないといけないし。
「お正月から、何してるの!」とか
「お正月のうちはあかん」とか
ちょっとありがた迷惑な、それでいてちゃんとしたいような、やっかいな感じ。


あの初詣以来、ちょっと初詣が苦手である。
幼稚園といえば、かなり記憶の端っこだから、つまり私は初詣が苦手なのかもしれない。
友達とわいわいと楽しく行った思い出も、晴れ着を着て出かけた若い頃の思い出も、
楽しく嬉しい初詣もたくさんあったけれど、やっぱり記憶が残っているのは
「そんなにお正月、お正月って言いながらみんなが幸せなのかなぁ」と感じた北風ぴゅーぴゅーの元旦の思い出。

おもえば多感な幼少期だった・・・(笑)


そんなことを思い出しながら、おせち料理で甘辛くなったお口直しに母に作った一番出しの年始蕎麦。



「お母さん、美味しい、美味しいって言いすぎ(笑)!!」
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by haijikg7 | 2010-01-04 23:08 | いただきます


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