妙蓮寺椿

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   「余乃花はみな末寺なり妙蓮寺」

 椿の種類数々あれど、
 室町時代の連歌師である宗祇がかく詠んだという歌がのこる銘花。
 妙蓮寺に残る本家の椿は焼失し、今は二代目だとか。
 色も赤い椿である。
 

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利休の孫の千宗旦の逸話としてこんな話が残っています。

正安寺のご住職が庭に咲いた良い頃合の妙蓮寺椿を
宗旦に届けるよう、小僧さんを遣いにやります。
ご住職の言いつけどおり、小僧さんは大切に運んでいましたが
宗旦の家に着くまでに花が枝からポロリと落ちてしまいました。
途方に暮れながらも、小僧さんは正直に宗旦にその旨を話します。
宗旦は「いやいやご苦労さん。どうぞ中で一服召し上がっていきなさい。」
と、小僧さんを茶室に招きます。
手足を清めて茶室に入った小僧さんの目に飛び込んできたのは
利休ゆかりの竹の花入れに葉だけ生けられた椿の枝。
そしてその脇に、さっきまで小僧さんの手にあった椿の花が
ポトリと、さも今落ちたかのように置いてありました。

茶室の中での良し悪しは、客が決めればよいこと。


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正直に話した小僧さんの氣持に対する宗旦のもてなしです。
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by haijikg7 | 2009-12-21 05:43 | 茶道 | Trackback(1) | Comments(8)
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Tracked from notes of hap.. at 2009-12-22 22:26
タイトル : とある椿
11月の京都で愛でました{%ハート(ポヨンチカチカ)hdeco%}... more
Commented by まりこ at 2009-12-21 07:42 x
いきなり泣ける…。
氣の通うもてなしの極意なのか…。
Commented by ぼっさ at 2009-12-21 22:45 x
妙連寺も素朴な宿坊があるようで、春先に千家とともに訪れたいなんて考えていました。

椿は(実家の)地元の花の1つでもあるのですが、いまひとつ好きになれない花でした。ポトン、のせいだったのでしょうか。でも茶道を始めてから、あぁ、と腑に落ちてきました。儚げに季節を告げてくれるのも良いものですね。
Commented by haijikg7 at 2009-12-22 06:23
まりこさん
泣けますか?
「相手の立場や氣持ちになって」、という言葉は使い古されている感じがしますが、この話からその真髄を学んだ気がします。
そして美意識は常に鋭敏にありたいのもですね。
Commented by haijikg7 at 2009-12-22 06:28
ぼっさちゃん
妙蓮寺に宿坊があるのですか?
ちっとも知りませんでした。
椿は首からおちる、と言って武家では忌み嫌われていたようですね。
茶道では何よりのご馳走だと言われる方もおられます。
侘助、白玉、太郎冠者、藪、利休、乙女・・・。
種類が多いので愛好家も大勢おられるようです。
Commented by azukki_bio at 2009-12-22 06:45
心が通い合った、瞬間のおはなしですね。
相手の気持ちをくみとる。
目に見えているものだけを見るのでなくて、心を見るんですね。
ハッとしました。
「本日の講話」ありがとうございました^^
Commented by haijikg7 at 2009-12-22 07:57
あずっきさん
心、氣。
見えないものを大事にし、されたいと思います。
Commented by yuraranote at 2009-12-22 20:58
きっと、その椿の花と枝葉はとっても絵になっていたんだろうなぁと
その空間の凛とした美しさが目に浮かびます
(茶室に入ったことないから想像ですが)
まさに氣が整った空間だったのでしょうね

椿の種を拾い集めてぴかぴかに磨いて宝物にしていたことを
思い出しました。
Commented by haijikg7 at 2009-12-22 21:19
ゆららさん
花入れも、凛としていたのではないかと思うはいじです。
計算しつくされているようで、計算していない。

神の手の盛り付けのように。


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